ありがとうと言われるような人生を

 お葬式が済むと、通常は斎場に行って火葬を行います。岡山市の東山斎場の場合、火葬の前にお経を上げて棺の窓を開けて最後のお別れをします。それから炉の前に進み、棺をみんなで囲んで、お題目を唱えながらゆっくりと棺を炉の中に入れます。そして、炉の扉が閉じられ、葬儀社の方が、「心の準備が整いましたらこの赤いボタンを押してください。炉に火が入ります」と言います。すると喪主の方がおもむろにボタンを押します。さすがに直ぐにボタンを押す方は少ないように思います。
 ある時、50才くらいの若い方が亡くなられました。20代の息子が喪主を務められた大変悲しいお葬式でした。そして、炉の前でボタンを押す時になったのですが、手が震えてボタンを押せません。それを見て、家族の方の嗚咽が聞こえます。お題目を唱える声が涙声になりました。すると突然、亡くなった方の母親らしきおばあさんが、「あんた、何しょんでえ」と言って横からボタンを押してしまいました。母は強しといった感じでしょうか。
 またある時は、80代のおばあさんが亡くなり、3人の娘さんのうちの一人が喪主を務められたのですが、「みんなで押そう」と言って、3人が手を重ねて押されていました。それぞれの娘さんの母親に対する思いがよく伝わり、心温まる気持ちになりました。
 このように、炉に火を入れる時は、お葬式の時と違って、家族・親戚の方へ向いているので家族・親戚の故人に対する思いが強く伝わってきます。
 その中で、今まで一番印象に残っているのは、70代のお父さんが亡くなって炉に火を入れる時に息子さんが言った言葉です。
「オヤジ、ありがとう」
 この言葉を言った息子もすばらしいですが、この言葉を息子に言わしめた父親の人生もすばらしいものだったと思います。ありがとうと言われるような人生を送りたいものです。

心の散歩道VOL.31(2016年発行)より

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