先日、鹿児島知覧特攻平和観音堂に行ってきました。観音堂には、知覧から特攻隊として出撃し、壮烈なる最期を遂げた1036柱の英霊が祭祀されています。
この観音堂は終戦直後、鳥濱トメという女性の方が、知覧から飛び立った特攻隊員の慰霊のために一本の杭を立て、手を合わせたのが始まりでした。
鳥濱トメは、18歳で鳥濱家に嫁ぎ、昭和4年、27歳のときにこの地で「富屋食堂」を開業しました。戦争末期、「特攻隊」の最前線基地となり、特攻機が毎日のように沖縄へ出撃して行くようになりました。その出撃前のわずかな日々を富屋食堂で過ごした十代から二十代の若者たちを、トメはわが子のように慈しみ親身に接し、いつしか「特攻の母」と呼ばれるようになりました。
終戦直後、トメは飛行場跡地に一本の棒くいを立てて、「これがあの子たちのお墓だよ」と、二人の娘たちにそう言うと、それから毎日欠かさず通い、慰霊の心と平和の尊さを誠心誠意伝え続けられました。そして終戦から十年、ついに飛行場跡地に観音堂が建立されました。今では、毎年5月3日に「知覧特攻基地戦没者慰霊祭」が執り行われ、全国から一千名余の参列者が訪れるそうです。
また、隣接している知覧特攻平和会館には、飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃をした、陸軍特別攻撃隊員の遺品や関係資料が展示されていました。
特攻隊員達が二度と帰ることのない「必死」の出撃に臨んで念じたことは、再びこの国に平和と繁栄が甦ることであったろうと思います。
『この観音堂に祭祀されている英霊、世界の恒久平和と人類永劫安寧の礎となって、諸仏、諸菩薩、諸天善神と共に、永久に我等の進むべき道を照らし給いて、再び悲惨なる戦争を繰り返さぬことを誓わせしめ、以て世界平和への架橋となり給わんことを』と回向させていただきました。
心の散歩道VOL.29(2014年発行)より

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