先日東京出張で電車に乗っていた時のことです。目の前に座っていたサラリーマン風の三十才前後の男性が、「どうぞ」と言って私に席を譲ってくれそうになりました。
「ああ、よろしいです」と軽く手を振って断ったのですが、譲ったことはあっても譲られたのは人生初めての経験でした。お年寄りに席を譲る、その若者の気持ちは本当に立派ですばらしいものです。しかし、自分が譲られるとなると複雑な心境です。このような時、女性なら「失礼ね!」とか言うのは定番ですが、はたして私、何才に見えたのでしょうか?
まあ、それはいいのですが、この満員電車などでお年寄りに席を譲るいう行為、実は牀座施(しょうざせ)という立派なお布施の行為の一つです。
お布施というのは、六波羅蜜(悟りに至るための六つの方法)の一つで、さらに財施、法施、無畏施の三つに分けられます。
「財施」というのは、金銭や物品を他人に施すことです。一般に僧侶に対する御礼をお布施と言いますが、義援金も布施行ということができます。
「法施」というのは、仏様の理想とする教えを説き、迷い悩む人を救い、悟りの世界へと導くことをいいます。
「無畏施」というのは、人の悩みや恐れを取り除き安心を与えることをいいます。
しかし、これらとは別に「無財の七施」と呼ばれる誰でもできる、しかも立派な布施行があります。すなわち、
眼施=優しい眼差しをする。
和顔施=いつも笑顔を絶やさない。
言辞施=優しい言葉を話す。
身施=まごころで人に接する。
心施=ボランティア活動にはげむ。
牀座施=満員電車では席を譲る。
房舎施=雨の日に困っている人には傘をさしかけてあげる。
の七つの行いです。
文字通り、お金のいらない布施行です。布施の心、大切にしたいものです。
心の散歩道VOL.26(2011年発行)より
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